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今回の記事は一部、友達にあてた部分もあるので脈絡なく文章が飛んだりしますが、ご容赦ください。

「スーパーフラット」という言葉と概念を考え方のは、かの有名な村上隆である。この「スーパーフラット」という言葉を、村上隆が発表する前に、もし他のアーティストの口から漏れてしまったら、言葉としてのインパクトは半減すると思う。

また、その言葉を聞いた何も知らない人たちは、
あとから「あ~村上隆は、あのアーティストの言葉に乗っかったんだな。」
と思うかもしれない。

そして、美術の世界は「誰が先に発表したか」が重要な要素であると思う。
名前は忘れてしまったが、ある日本人の現代アーティストはキャンバスを破るという行為によって、鉛筆やアクリル、油彩に変わる描写方法を表現した。
しかし、同時期に同じ手法で海外からキャンバスを破った作品が発表されたのである。
先に制作したのは、日本人のアーティストであるが、先に発表したのは海外のアーティストだ。日本人のアーティストは自分のほうが先に作品を制作していたということを、証明する必要があった。
幸運にも、そのアーティストはキャンバスの下地に新聞紙を使っていたため、その日付によって、自分のほうが先に作品を制作していたことを証明できた。

言葉について、人の心理面から考えてみたい。
ものを買う時に、人は自分の知っている言葉に無意識に反応していると思う。
例えば、選挙でたくさんの票を得る為には、駅前で政策を唱えるよりも、自分の名前を待ち行く人に向かって叫んでいるほうが有効であるという。実際に、選挙の投票日前になると候補者は街頭演説などせずに選挙カーに乗って「○○をよろしくお願いします!」と、人々の記憶に自分の名前を刷り込ませようとする。
人の記憶にうったえるという意味では、CMや町を走るキャンペーンカー(渋谷などで音楽を鳴らせながら走るアレ)も同じであると言える。

しかし、前者と後者では相反する考え方ゆえに、アート作品の販売というものが最もやっかいである。
デザインの概要は、発表するまでは隠していたい、、、
しかし、事前にデザインやキャッチコピーを公表して、人々の脳裏に刷り込ませていた方が、商品は売れる可能性が高い、、、
この両者に板挟みにされながら、苦悶の日々を送るのである。表現をとるか、実益をとるか、私の場合今回は前者にいたった。商品を見た人は誰もそんなことに悩んでいたなんて知らないだろうし、事前に公表したとしても結局商品は売れないかもしれない。
しかし今はこだわることを大事にしたい。そんな年頃である。

プロの作品ならまだしも、学生の作ったものに、そこまで気を配る必要もあるのかと思う人もいるかもしれないが、そんなあなたにこの言葉を送ろう。

「僕はあえて、そのわずらわしさを愛したい。」(by 雄一おじさん)

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